「僕の名前は、ユウイチって言います。優勝の優に、一つ二つの一で『優一』」
車の中で、彼はそう自己紹介してくれた。ただし、視線をこちらに向けることはなく、時速100キロで流れていく前の景色をただ眺めている。
「でも、珍しいな。一人旅なんか。ましてやヒッチハイクなんて」
俺も彼を見るとも見ないで答えた。まだ初心者マークがやっと外れたばかりのドライバーには、余裕などという二文字など存在しない。まだ、左と中央の車線をうろうろするのがやっとだ。
この子とはさっきパーキングエリアで出会ったばかりだ。一息入れるために入ったそこで、俺はこの優一に話しかけられた。自分を乗せてくれないか、と。
その突然の申し出に、俺は思わず少年に懐疑的な視線を向けてしまう。
ヴィンテージのジーンズに白いTシャツ。そして上には目の粗いチェックのシャツを羽織っていて、肩にはやや無骨なデイパック。どことなく幼い顔つきには少年のような印象を受けた。見た限りでは、少なくとも何か悪いことをたくらんでいるふうには見えなかった。それでも迷っているのが伝わったのか、彼は無邪気な笑顔と一緒に、だめですか、ともう一度尋ねてきた。
結局、断る理由が見当たらなかったので、俺が自分の目的地を言うと、少年は二つ返事でOKした。
そして、今に至っている。
「そうでもないと思いますよ。旅に出る奴は、幼くたって出ますからね。あ、でもヒッチハイクはさすがにそうかも」
「だろ?」
あはは、と彼は屈託なく笑った。盗み見たその表情は本当に幼く見えた。
「でもさ」
ひとしきり笑った後で俺は尋ねた。
「どうしてなんだ?」
「旅してる理由、ですか?」
「それもそうだけど。とりあえず、交通手段をヒッチハイクにしてる訳のほう」
「単にお金がないから、って言うのも一つですね」
「なるほど」
「でも、それだけじゃありません」
「うん?」
「世の中がまだそう捨てたもんでもないことを身をもって知りたかったんです。ヒッチハイクっていうのは、タクシーと違ってお金を払うわけじゃないでしょ? 全て厚意の賜物だと思うんです」
「でも、みんながみんな、御厚意で乗せてくれるような人でもないだろ。もしかしたら君を拉致する気でいるかもしれない」
「そうなったらそうなったですよ。それにそういう悪意みたいなものを持ってそうな人には話しかけないですし。」
今までお世話になってきたのは、長距離のトラック運転手が大半だったそうだ。
「じゃあ、今回は何で?」
「うーーん……悪そうに見えなかったから、とか」
「まぁ、確かにな」
また車中で笑いが起こる。ひとしきり落ち着いたところで、ウインカーを左に出す。料金所で清算を済ませ、高速を降りる。一つ息をついてから、車を一般道路に出した。
「じゃ、旅してるのは?」
「もともと旅をしたかった、っていうのもあります。親元を離れて、ってなんとなく格好よかったし。……でも、それだけじゃないです」
「それだけじゃない?」
うなずいてから、続けた。
「ええ。自分の縮尺を持ちたかったんです」
「縮尺、ねぇ」
「そう。縮尺です。たとえば、社会の授業なんかで地図帳とかあるじゃないですか。25,000分の1とか50,000分の1とか。あんなの見せられて、実際にピンと来ると思います?」
「まぁ……確かに」
言われてみればそうかもしれない。昔は何の疑問も抱かずに受け入れていたような気もするが、だんだん妙な話のような気がしてきた。
「僕は、それを知りたいんです。格好よく言えば、世界の大きさを知る、ってやつですかね」
「……詩人だな」
優一は肩をすくめた。
「そうでもないです。時間のかかる旅をしようとする人間の心にだったら、みんなに共通する思いですよ。きっと」
「ふぅん……」
そうこうしているうちに、目的の場所に着いてしまった。少々寂れてはいるが、駅前だし人と会うには事欠かないだろう。ただ、優一との話が終わってしまうことが残念でならなかった。
「ありがとうございました」
車から降りると、礼儀正しく彼は言った。ぺこり、と頭を下げる。
「いや、こちらこそ」
タバコに火をつけながら、軽く片手を挙げて答える。正直少し照れくさかった。
「そういえば、お兄さんはここに何の用事があったんですか?」
「ただの俺の田舎さ。ここは」
「なるほど。……悪くないですね。こういうのも」
「ああ。たまにならな」
「そんなものでしょうか?」
「そんなものだ」
特急列車が一本、矢のように走ってきて、残された俺たちにしたたかな風を吹きつけた。
「なぁ」
俺は最後に一つ聞きたいことがあった。少年は、表情でなんですか、と言っているように見えた。
「俺も旅に出てもいいと思うか?」
顔をほころばせて、少年は言った。
「どうせなら、ヒッチハイクでもいいかもしれませんよ」

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