最終話
「はぁー」
俺はため息をついて、その場に寝そべった。大学の近所の川原は、人通りが少なくて落ち着く。時折、近くの鉄橋を電車が走り抜けていくけれど、それだけだ。川の水がゆっくり流れていて、夕日をきらきらと反射している。空は日暮れが近いらしく、夕日の反対側は徐々に夜の雰囲気をかもし出していた。
ポケットから取り出した銃を眺めた。
まさか、こっちも空砲だったなんて。
引き金を引いた後のことを思い出す。
俺は、確かに、明確な殺意を持って、あいつを殺そうと思った。理由は最期と思ってあいつに言ったとおり。どうにもならないなら、終わらせてしまえ、と思ったからだ。
後から聞いた話、あまりに俺が有無を言わせない空気を持っていたから、日吉のほうも本当にビビってしまっていたらしい。お前、今から劇団サークルとか探したほうがいいんじゃねぇの? と、真顔で言われたくらいだ。さすがに、殺さずに済んだ以上、本気だったよ、なんて言えなかったから、軽く流したけれど。
後始末の一切は日吉に任せてしまったけど、きっと奴ならうまくやるだろう。こういうときの言い訳や口実は達人級にうまい奴なのだし。
問題は、この銃だ。
「期待させやがって。何が本物ですー、だろうね」
俺は近くに落ちていた空き缶を拾ってきて、適当な位置に固定した。そして、銃を空き缶のごく至近距離に構える。
鉄橋の上を電車が走った。
「まったく、ひどい目に遭ったっつーの!」
そのタイミングを見計らって、俺は引き金を引いた。
空き缶が大きく後ろに跳ね飛ばされ、反動で俺も後ろに倒れこんでしまう形になった。
何が起きたのか、一瞬わからなかった。
そろそろと起き上がって、空き缶をおそるおそる覗き込む。
空き缶には穴が開いていた。穴の縁を触ると、まだ熱くて、ちょっと火傷した。その火傷が、この銃が本物であることに、妙にリアリティを持たせてきて、俺はすっかり背筋が冷えてしまう。
「……マジ?」
もしかしたら、本当に唐木のことを殺してしまうところだったのかもしれない。
「じょ、冗談じゃねぇよ!」
あいつのために前科一犯なんて、やっぱり御免だ。
遠投する外野選手のように、早いモーションで銃を川の中に投げ込んだ。
ぽちゃん、という音と、水が跳ねたのを見て、俺は我に返る。
「あーーっ!?」
思わず大声を上げてしまい、反射的に辺りを見回す。周りには、相変わらず誰もいなかった。銃も浮かんで川を流れていくこともなかった。とにかく、静かになった。
俺は途方に暮れたが、川に入って、銃をサルベージしようという気にもなれなかった。川に入って銃を探すのもいいかもしれないが、これ以上、誰かの目につくわけにもいかない。銃も浮いてこないというなら、それでいいような気がする。もしかしたら、あの手紙のとおり、銃も回収してくれる、かもしれない。
「……これも、どうにもならないこと、かねぇ」
相も変わらずきらきら光る川原を見ながら、俺は呆然とつぶやいた。
ここからは後日談だ。
あれから唐木は目を瞠るほどおとなしくなった。
ちょっと謙虚になったし、言われたこともやるようになった。
今でもちょっと、研究室のほかのメンバーにきつく当たるときもあるようだけれど、少なくとも、僕と顔を合わせると、今でも一瞬おびえた顔をして、すぐに態度を改めるようになった。
そして、そんな生まれ変わった唐木と、日吉はいつの間にか付き合い始めていた。あの後、日吉が何と言って唐木をなだめたのかはわからない。日吉の話だと、唐木は撃たれる前に気絶した、ということだから、その辺をうまく利用してごまかし切ったのだろう。たぶん、日吉の都合のいいように。
それから、大事なこととして。
あれからしばらくして、あの川原での弾痕が発見された。警察は川原に証拠品を捨てたのではないかと見たらしく、大勢の捜査員で川さらいをしたが、銃自体は発見されなかったそうだ。公式見解では、川を流れていってしまったのではないか、という判断に落ち着いたが、少なくとも、銃はそれほど大きなサイズのものではない、という手がかりを得た、と語られているのをワイドショーで見た。
ともあれ、見つからなかったのだから、俺としては万々歳だ。一度見つからなかったのだから、また川さらいをするなんてことも、たぶんないだろう。
それに、世間の注目は、そんな不思議で無害な連続事件よりも、ヤクザが本当に銃撃戦をしている事件に取って代わられてしまっている。たまにチェックしているまとめサイトによれば、ピストルの配達主はまだ捕まっていないらしいが、更新自体も、俺の住む新宿区を最後に止まってしまっている。騒ぎ自体も、ほとんど下火になってしまっているようである。
世の中は相変わらず、どうでもいいこととどうにもならないことであふれている。結構なことだ。

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