第4話
そして、決行日。
俺は、キャンパスのはずれであいつが来るのを待っていた。予定では、あいつを日吉が適当な口実をつけて連れてくることになっていた。
あいつの名前は、唐木成美(からき・なるみ)。
同じ大学院の、同じ研究室に所属する、同じ学年の女。
黙っていればルックスは悪くない。悪いのは口と性格。
基本的に、自分の手を汚すのが大嫌いらしい。苦労すること、時間をかけなければならないことは、まずやらない。最悪、教授から指示されたことでも、俺たちほかの男どもにやらせるか、時間がなかったフリをしてやらない。で、怒られたとしても、涙やしおらしい態度で同情を誘い、結局お咎めなしにする才能は誰よりも長けている。そのくせ、俺たちの誰かがやったことに少しでも落ち度があれば、徹底的に指摘してくる。どうやら、世の男どもは、自分よりも下である、というのが彼女の基本認識らしかった。
その態度が周りからどれだけ反感を買っているかについては、ものすごく鈍感らしく、彼女が居ないときの俺たちの話題はもっぱら彼女の被害報告になりがちであったりする。
そんな中での、制裁措置である。
「今宮」
来た。俺は振り向く。ジャンパーのポケットの中には二丁のピストルが入っている。左には小包に入っていた本物、右には日吉のモデルガン。俺はまだ、どうしようか決めかねていた。
「唐木さん」
唐木の後ろには日吉がついてきていた。これも計画のうちだ。
「で、何、話があるって。あーもう、寒いからとっとと終わらせてほしいんだけど」
最初の台詞だけで足りるのに、彼女の言葉にはいろんなどうでもいい言葉がくっつく。
「てか何? もしかして私にでも気があったとか? いやー、そんなんだったら、マジ願い下げ。てか引く。てかドン引き? 私のタイプがあんたじゃないってことくらいわかるっしょ? 空気読めっつーか?」
ため息をついて、俺はポケットに手を突っ込んだ。
「ちげーよ、ばーか」
「じゃあ、何?」
「むしろ、いなくなってもらおうかと思って、さ」
俺は、左のポケットの銃を取り出す。黒光りする銃身を、唐木に突きつけた。
「は? 何それ。意味わかんないんですけど。てか、いい年して何の冗談? いまどきそんなおもちゃでビビると思う?」
「唐木。それ、おもちゃじゃないかも」
「は?」
ちょっと青ざめた表情を浮かべて、日吉がつぶやく。ここまでは完全に台本どおりだ。
「お前、ニュースとか見ないんだっけ? 最近、『一丁のピストルと一発の弾丸』事件ってのが連続で起きてるらしくてさ。あっちこっち、いろんな奴に無差別に銃を届けてる奴がいるんだって。で、届けるとき、いつも届けた地区の予告だけしててさ。今回の予告先が、こいつの住んでる区域だったんだよ」
唐木の顔から少し血の気が引いたのがわかった。声がちょっと上ずる。
「ちょ、冗談キツいよ、日吉。い、今宮君も。あ、わかった、ギャグなんでしょ? もう、ほ、ほら、今なら怒らないから」
「お前にそんなギャグかますつもりはないね」
俺が一歩前に進むと、唐木は一歩下がる。繰り返すうちに、唐木はキャンパスの壁に背中をぶつけた。ずるずると、壁に寄りかかるようにして座り込んだ。俺は、銃の狙いを唐木の額にあわせた。日吉は、俺の迫力に押されて動けないフリをしている。
「こんだけ近くで撃てば、たぶん外れないだろうな。頭を一発ぶち抜くだけだから、すぐだろうし。本でしか読んだことないけど、別に痛いってことはないんじゃん? 良かったね」
淡々としゃべる俺に、唐木はがたがたと震えている。目には涙さえにじんでいる。
「た、たすけて」
「ん? 何? 最期の言葉?」
「たすけて、な、なんでも、するから」
「もう遅いだろ。すべてがお前の思い通りになるわけがない。世の中はどうにもならないことであふれてるんだ。それでもどうにかしたいと思うなら、たとえばピストルのような、現実を無視する圧倒的な何かがないといけない。お前の存在は、俺の中ではもうどうにもならない。だから、もう、終わりにするんだ。終わりにして、どうにかすることにしたんだよ」
「ちょ、やめ」
「さよなら」
目を閉じて、俺は、引き金を引いた。

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