第3話

 

「ま、つまるとこ、そういうわけなんだわ。俺としてはもしやこれは別れのサインじゃないか、と思うんだけど――」
「サイッテーですね」
 今までの事情を説明し終える前に、後輩の白川瑞穂(しらかわ・みずほ)はきっぱりと言い切った。

 

 次の日。
 駅前のファミレスで昼をおごることを条件に、彼女に相談に乗ってもらった。
 瑞穂は、サークルではメイク兼衣装を担当している。キャミソールとかミュールとか、着ているものは普通の気がするけど、人目を惹く何かを持っているのか、道行く男が振り返ることが結構多い。もともとの素地もいいのだろうけど、見せ方っていうものを心得ているのかもしれない。
 そんな彼女は、真澄を敬い行動を共にすることが多い。もしかしたら、何か新しいことでも聞けるかもしれない。
 そう思ってのことだったが、いきなり否定されるとは、何だかひどすぎる気がする。
 俺が何も答えられないでいると、彼女はさらに言い募る。
「孝也センパイって、わりと頭のいい人だとは思うけど、こういう人間関係の問題って、からっきしダメですね。もしこれテストで出たら、イッパツで『不可』食らいますよ?」
 昨日とはまったく逆の展開に戸惑った。
「や、でもああいう話って」
「やだ、センパイ。アレ、本気で受け取ってるんですか?」
「え? 違うの?」
「当たり前ですよー!!」
 瑞穂が大騒ぎするうちに、頼んでおいたメニューが届いた。サラダにスープにパン。ランチセットにでもすればいいものを、この子は全部単品で頼んだ。おごる約束をしたとは言え、もうちょっと遠慮はしてほしい。
「大体、センパイ、真澄さんのこと、本気でそんなヒトだと思ってるんですか? センパイたちの中では1、2を争う、後輩たちの憧れの的なんですよ? そんなのありえませんよ!」
 サラダのトマトを親の敵みたいにフォークで一突きする。その行為が、こちらに向けたい怒りを頑張って逸らそうとしているように見えて、ちょっと怖くなってきた。
「それに、私、真澄センパイとは親しいほうにいますけど、そんな事情、知りませんでしたよ」
「そうなの?!」
 彼女は強くうなずいた。
「そうですよ! もし知ってたら、私その晩から毎日センパイのところに泊り込みますよ? 大体、センパイはいつも優柔不断すぎます! こんな問いかけ、答えなんてすぐ出るじゃないですか! 本当に好きな相手だったら、答えるのに0.1秒もかからないです!」
 パンを勢いよくちぎる姿を見ながら、俺は黙るしかなかった。
「それに、センパイが言ったのが嘘だか本当だかなんて、あんまり関係ないと思います。どんな過去かなんて全部まるっきり無視して、個人の赤沢真澄を純粋に『好きだ』って言ってほしかったんじゃないんですか?」
「『好きだ』かぁ……」
「そうです。たった三文字で、真澄センパイはよかったんですよ」
 しみじみその言葉をかみ締める俺に、うんうんと一人納得してうなずく瑞穂。ドリンクバーをすする音は静かだった。
「じゃあ、この後はセンパイに会いに行くんですよね?」
「え?」
 俺の疑問符に、彼女の動きが一瞬止まる。
 次の瞬間、再び、彼女はヒートアップした。
「『え?』って何ですか? もしかして、この上さらに誰かに相談する気なんですか?! うわー! うわー! もうサイッアク! どうしてそうなんですか?! もう保留して二日ですよ?! 私が真澄センパイだったら、不安で不安で仕方ないですよ?! 本当に自殺だって考えちゃうかもしれません!」
「おいおい」
「当たり前じゃないですか!」
 食べるものはもうなくなってしまったので、瑞穂はばんばんテーブルをたたく。周りの人の視線がこちらに集まってくるのを感じる。
 ちょっと後ろめたい。
「いいですか、センパイ! もう迷いとかは不要です! さっさと答えを出してきてあげてください!」
「……今すぐ?」
「当たり前じゃないですか! どんなに遅くなったって、今日中です! ちょっと屈折してるかもしれないけど、それは間違いなくセンパイからの愛の告白です! 待たせちゃいけません!」
「できれば、もう少し考えてから――」
 テーブルをひとつたたく。
 俺の言葉はぴたりと止まる。
「ダメです! いつまでもそんなこと言ってると、私が黙ってませんよ?!」
 瑞穂の目は据わっていた。これ以上刺激するのはよくない、と本能で感じた。
「わかった。わかったわかった。できるだけ早く言いに行くから」
「約束ですよ?!」
 がくがくうなずく俺を見て、ようやく彼女も信頼してくれたらしい。
 思わず、助かった、と心から思ってしまった。