第2話

 

「と、言うわけなんです」
 俺の話をひととおり聞くと、遠馬さんは箸でつかんでいた鳥のから揚げをぽろっと落とした。

 

 その晩。
 昨日行った居酒屋に、今度は遠馬さんを誘った。就活から帰ってきたばかりらしく、ちょっとくたびれたリクルートスーツ姿だった。とはいえ、窮屈そうなネクタイはすっかり緩め、上着も脱いで椅子にかけてしまっているから、スーツ姿の人と飲んでいるという感覚はない。
 藤谷遠馬(ふじたに・とうま)さんは大学の映像サークルの先輩で、主な役目はシナリオ製作。地元が同じこともあってサークル内では一番距離の近い人だと思う。ルックスはなかなかのものだけあって、こと恋愛関係についてはよくも悪くも豊富な人だし、相談するにはもってこいの人だと思った。
 早速、昨日のことを相談した結果、返ってきたリアクションがこれだった。
「俺としては、これがそもそも本当のことなのかどうかさえわからないんですけど――って、ちょっと聞いてます?」
「あ、ああ、聞いてる聞いてる。それにしても、あの赤沢がねぇ……。めちゃめちゃ意外なんだけど」
「でしょう?」
「でもま、今回ばかりは昨日の形で終われてよかったんじゃないの?」
「え?」
 その真意も読めない俺を尻目に、遠馬さんはタバコに火をつける。そういえば、昨日も見た同じ緑色の箱だ。そんな関係ないことを考えていると、遠馬さんがテーブルから身を乗り出し、声を潜めてきた。
「だってそうだろ? そんなヤバイのとわざわざ付き合おうなんて、お前大丈夫? 今回の場合だったら、何も答えないままどっちつかずにお別れして、んでそのまま自然消滅しちまっても、誰からも文句は出ねーよ。今回に限ってはお前の優柔不断、役に立ってるじゃんか?」
「や、もしかしたら、ただの嘘かもしれないじゃないですか?」
「バッカ、お前、何だそれ。んなの関係ないっしょ」
 遠馬さんはため息交じりにタバコをふかす。世の中のこと何もかもがわかってない、とでも言わんばかりに首を左右に振る。
「いやさ、確かに俺もあいつのこと知ってるよ。そもそも同じサークルの後輩なんだしさ」
 片手にタバコ、もう片手でビールの体勢で、遠馬さんは続けた。
「赤沢真澄(あかざわ・ますみ)。一個下のあいつは、俺から見ても、おとなしくて、清楚で、世の中の男にはわりと好かれやすいタイプって感じだ。体つきもなかなか悪くないし、十分にいい女だろうと、俺も思う。でもな、性格がちょっとアレだったっていうのはいただけない。もし仮に全部が全部マジ話じゃなくても、ロクな人生送ってないんじゃないか? できればお近づきにはならないほうがいいタイプのひとつだな」
 ふと、遠馬さんは思い出したように俺の顔を見た。
「そうだ。お前。もしかして、真澄とは、もう?」
 ちょっと間を置いて、首を振った。
「……いえ」
「だったら尚のこと、だな」
 ふう、と遠馬さんはため息をつく。
「まだなかったってだけでも儲けもんってやつだ。でなかったら、もっと話がめんどくさくなってたろうしな」
「でも、遠馬さん。だからってこのまま放り出すのも――」
「ああもう、お前もしつけぇなぁ」
 食い下がる俺に少し苛立ちを見せながら、遠馬さんは残っていたビールを一気に飲み干した。近くを通ったホール係にお替りを追加オーダーして、俺と向き合う。
「お前さ、どこまでいい人演じる気なん? それとも、同じサークルだから気まずいってか? そんな思いしてる奴なんて、うちらの代でだってゴマンといるんだぜ? そもそもそんな暴走寸前の自殺志願者、俺たちみたいな一般人の出る幕じゃないだろ。んなのセラピストにでも任しとけばいいんだって。ほら、よく何かの話にあるだろ。一人で背負い込みすぎて、結局破綻しちまう奴の話。お前もそうなって、世間からの同情でも買いたいわけ? ハッ。俺から見れば、そんなの、そいつの自己満足以外の何者にも見えねぇよ。背負われるほうからしたっていい迷惑だっつーの」
「されるほうからも、ですか」
「そうそう。んなの結局、安易なヒロイズムや中途半端な優しさでしかないんだよな。そんなものに走られるくらいだったら、きっぱりと決別してもらったほうが、本人だって幸せだっつーの。それぞれの言葉には、『ジコチュウ』と『メーワク』ってルビが振られるんだって。だろ?」
 ジコチュウに、メーワク、か。何かぐさっと来るものがある。
「それに、仮にその話がお前の言うとおり嘘だったとしても、それはそれで『もう別れたい』っつーあいつからの控えめなサインなんじゃねーの? だから、な、とっとと終わりにしちまえ! んで、ほら、もう飲め飲め! 飲んで忘れちまおう!」
 遠馬さんは、無理やり俺と乾杯しようと、お替りでやってきたキンキンのビールジョッキを持ち上げてみせる。
 ほとんど飲んでなかったせいで、すっかりぬるくなった俺のジョッキと、がちん、と音を立てた。