さら、さら、さら、さら。
耳を澄ますと、ふとすると聞き逃してしまいそうなくらい小さな音が聞こえる。
さら、さら、さら、さら。
砂が、上から下へと流れ、落ちていく音。
さら、さら、さら、さら。
僕は、この場所がなんとなく気に入っている。
「千年砂時計」。
その名の通り、千年の時間を計るためだけに存在する巨大な砂時計。
いつ、誰が、何のためにこんなものを造ろうと思ったのかは知らない。
はっきりしているのは、今もなおこの砂時計は動いていること。
この街のど真ん中に造られたため、今や街のシンボルとなっていること。
一つの観光スポットとして、多くの国々で有名だということ。
そして、時計の向こう側は砂で隠れてほとんど見えなくなっているということ。
終わりが見えないと思っていたものでも、もうすぐ終わり、ということなのだろうか。
この砂時計の砂は、ものすごくゆっくりと落ちていく。
少しずつ、さらさらと。丁寧に、さらさらと。
細く、長く、それは一本の糸のように。
その流れ。その砂の一粒一粒。これが目に見えないはずの時間を形にしている。
悠久の時のほんの一部を、一つの容器に押し込めて。
造った最初の世代が終わりを見ることはない。
自分の子供から孫へ、孫からひ孫へ。さらにそのまた子へ。孫へ。
そんな流れが脈々と続いていった果てに、この千年砂時計は終わりを見せるのだろう。
けれど、その先は? 終わったからどうなると言うのだろう。
時間に終わりなんてものが存在するのだろうか。
ただ、人間が区切りとして便宜的につけた単位に過ぎないものではないか。
そんなものに、いったい何の価値があるというのだろうか。
それは終わってみなければわからない。
そのときが来てみなければ、すべて想像の上の話でしかない。
目の前の砂時計を見上げた。
大量の砂を中に詰め込み、大人が何人も手をつながなければ囲うことのできない、巨大なオブジェ。
これは、自分の命のあるうちに終焉を迎えてくれるのだろうか。
できることなら、見てみたい。その瞬間を。そのときの人々の表情を。
「待った?」
後ろから声をかけられた。
今、ここは多くの恋人たちの待ち合わせ場所として、もっとも人気の場所になっている。
二人の時をかみしめるためのものとして。過ごした時をいとおしむためのものとして。
何より、自分たちが生きていることを実感するためのものとして。
そして、僕たちもまた、例外なく。
「いや、全然。 ―― 行こうか?」
「うん!」

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