「やっぱり、買い過ぎちゃったかな」
苦笑しながら、ミクは自分の右手に提げている紙袋を持ち直した。
「そうでもないだろ。大体僕らのなんてほとんどないし」
つられて、僕も左手の紙袋を持ち直す。中のものが跳ねる感触があった。
僕が二つで、彼女がひとつ。
都合三つの紙袋には、今日一日かけて買い漁った、たくさんの戦利品が詰まっている。
「そっち、重くない?」
「ううん。平気。もう家近いし、持てるよ」
僕たちは、並んで夕暮れの公園を歩いていた。
途中、一組の家族連れとすれ違った。ちっちゃな男の子が、お父さんとお母さんの手にぶら下がったまま連れられていく。無邪気に笑うその子が、二歳になる我が子とダブった。
同じことを連想したのか、ミクはぼんやりとつぶやいた。
「ケイタ、ちゃんとムツミお姉ちゃんの言うこと聞いてたかなぁ」
「どうだろう。あいつ、ときどき妙に反抗期だから」
今日は、妹のムツミにケイタを任せていた。
我が家に下宿することを条件に今の大学に通えるようになった彼女は、ときどき自分からケイタの面倒を見てくれる。元々子供好きのためなのか、下宿している引け目からなのかまではわからないけれど、僕たちとしては結構ありがたい。
「ムツミちゃんには、もっと何か買ってあげたほうがよかったんじゃないかな」
「いいよ、別に。これ以上買って帰ったら、かえってあいつ、気ぃ遣うぜ?」
持っていた紙袋のひとつを、顎でしゃくった。外側のやや小さめの紙袋には、老舗ブランドのチョコレートケーキが入っている。甘党の妹への、今日一日の子守のお礼のつもりだった。
「でもさ。ケイタの世話してるぐらいだったら、同窓会行けばよかったんだよな」
「今、卒論の追い込み中だから。一日以上空けられないんだって」
「ふうん。じゃ、今日は、やっぱり気分転換ってとこか」
「はー」
また、あからさまに大きなため息をつかれた。今日は何度となくこのリアクションを見せられているのだけど、僕にはいまだに理由がわからない。
「まだ気づいてない。ムツミちゃん、明らかに今日のために時間やりくりしてくれたのよ。わ、ざ、わ、ざ」
「えっ?」
「でなきゃ、結婚記念日に都合よく二人で出かけられるわけないでしょ?」
だから、何度もムツミの話題が出たのか。ようやく、ミクがため息ばかりついていた理由がわかった。
「気づいてほしくなさそうだったから、黙ってたんだけど。それに、何度も話題に出してれば、さすがに鈍いトシさんでも気づくと思ってたんだけどね。その様子じゃ、全然気づいてくれなかったみたいだけど」
トシさんのトシは敏感の敏でしょう? と、昔言われたことを思い出した。
「すいませんね。名前と違って鈍感で」
何だ、まだ根に持ってるんだ、とミクは笑った。
「ねぇ」
「うん?」
「初めて、手を繋いだときのこと、覚えてる?」
反射的に、荷物を持っていないほうの手に意識がいった。僕たちの手は、ポケットの中で、指を絡めた状態で繋がっていた。よく考えてみれば、これは久しぶりのことだった。
「どうだったかなぁ」
目をそらして、前を見る。
僕たちの影が、ひとつになって長く伸びていた。
あのときも、ちょうどこんな時間だったっけ。
繋ぎたくて、でも、繋げなくて。
手を、引っ込めたり、伸ばしたり、もどかしい思いを何度も何度も繰り返していた。
今となっては恥ずかしいけど、いい思い出だ。
そんな僕の回想をよそに、ミクは、一人納得した顔でうなずいていた。
「だよね。私もね、覚えてないんだ。やっぱり、お父さんとお母さんと最初に手を繋いだときのことなんて、覚えてるわけないよね」
一瞬、何のことだかよくわからなかった。しばらく、ぽかん、と口が開いたままになってしまった。
「ん? どうかした?」
「あ。いや、なんでもない」
すっかり顔が熱くなっていて、僕は頭を振った。夕焼けが、うまく顔を照らしてくれていることをひそかに願った。
「私が覚えてるお父さんの手は、トシさんと同じで大きかったけど、守ってくれてるような感じがしてた。お母さんの手は、手荒れがひどくて冬はあちこちひび割れしてて痛そうだった。毎日ハンドクリームつけてたんだけど、全然よくならなかったんだよね」
「うちとは逆っぽいな。親父の手はすげー大きくて、ごつごつしてた気がする。工場勤めだったから、あれが働く男の手なんだー、って、子供心にもなんとなく思ってた。逆に、おふくろの手はすげーあったかくってさ、僕の手、すっぽり包み込んでくれたような気がする」
「そこ行くと、私たちの手って、何か似てるよね」
ミクの手が僕の手の輪郭をなぞる。そうかもしれない、と僕も思った。
「かもね」
「どっちがどっちか、後から思い出せなかったりして」
「思い出せるさ。これから何度も繋ぐんだし」
「……だといいんだけど」
不意にうつむいたミクに、僕は手を強く握った。
「なら、ルールを決めとけばいい。三人でいるときは、僕が左で、君が右。必ずそうしてれば、きっと忘れないさ」
彼女の目が、一瞬光を反射したように見えた。瞬きして、ちょっとだけ笑うと、彼女は小さくうなずいた。
「ん。そだね」
うなずき返しながら、僕は視線を前に戻した。
夕焼けに照らされた僕たちの影は、さっきよりも細く長くなっていた。

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